人間哲学の祖ソクラテス サルでも分かる哲学

哲学 考える人

哲学は難しい。意味がわかりませんよね。ある哲学者は「全ては水だ」と言い、ある哲学者は「いや、火だ」といいます。そしてもう一人の哲学者はよそを向いて「人間は森へ帰るべきだ」とわめいています。そんな学問、わけわかりませんよね。哲学は、一言でいえば「世界の探求・人間の探求」なのですが、深堀してしまうあまり、部外者からはナンノコッチャわかりません。

さらに哲学は高校の選択科目で「倫理」というのを取らないとまったく人生で触れる事がありません。私は小学校で道徳の授業が好きだったので、社会に出て自分で哲学に出会いましたが、多くの人が哲学を無視して生きてると思います。

そこで今日は、超初心者向けの哲学者を1人、このブログでは後にも先にも1人だけのおすすめ。ソクラテスです。私の人生をとても助けてくれました。貴方もソクラテスだけ知っていれば、全ての哲学、いや全ての学問に通じます。

哲学の祖ソクラテスと「無知の知」

場所は日本から遠く西へギリシャはアテネ。時代はさかのぼり、テルマエ・ロマエよりも前、キリスト生誕よりもさらに前の、紀元前400年ごろにソクラテスは生きていました。

ラファエロ・サンティ アテナイの学堂 ソクラテス

ソクラテスは、他の哲学者が、世界は火でできている、いや水だ三角だ四角だと好き勝手言っている横で、

ソ「そういうのどうでもいいから人間の話しよう」

と言い、どうやって生きるのが人間にとって良い生き方かというのを探求しはじめた人物です。

そんなイケてるしヤバい賢者ソクラテスには弟子が増えました。時は経ち、ある時弟子の1人はなんの気なく、神殿に言って巫女にある事を聞いてみます

弟「巫女さま、神様に聞いみて欲しいのですが」
巫「なんでしょう?」
弟『この世で一番賢者はソクラテス先生だと思うんですがいかがでしょうか』と」

そうしたところ、神は巫女を通じ「そのとおり」と答えました。弟子は喜び勇んでソクラテスのところへ報告します。しかしソクラテスは、その言葉に驚きました。ソクラテスは自分が、世界一の賢者とは到底思えなかったのです。

悩んだ挙句、ソクラテスは旅に出ます。世界の賢者と呼ばれる人々の元へ行き、話し、真の賢者を探す旅です。しかし、合う人合う人ポンコツばかり。知ってもいない事を知ったげに話したり、どうでもいい知識をさも世界の秘密のように披露します。そこで、ソクラテスは気づくのです。

ソ「私は、自分の知識が至らないことをよく知っている、真実は神のみぞ知っており、人間の届く知識の範囲は取るにならない」

こうしてソクラテスは「自分はこの世のことを知らない事だらけだとよくわかっている、その分知ったかぶりをした無知なあいつらよりはマシだ」と結論し旅を終え「無知の知」という考えを確立しました。

その後、アテネの街で有名人や知識人を道端でつかまえては「お前はものを知らない」と問答をふっかけ彼らに恥をかかせ、最終的には投獄・処刑されます。が、彼の弟子がソクラテスの考えを書物にまとめ、また、弟子独自の世界観でソクラテス哲学を広げていきます。

ジャック=ルイ・ダヴィッド ソクラテスの死

「無知の知」は知恵の全ての基礎

この記事にはこれ以上難しい観念や、昔話は出てきません。「無知の知」言いかえれば「自分が色んな事を知らない事を、ぼくはよくわかっている」これだけです。

学歴が低い。それは貴方を内側から恥ずかしめ、コンプレックスにしてしまいます。しかし、ソクラテスのこの言葉を思い出してください。無知で無学である自分を知っていれば、これから学べばいいだけです。いやむしろ、本当に「ものを知らない」「教育に触れる機会がなかった」のですからより素直に、ソクラテスの言葉を受け入れ、色々な事を学ばなければならないと思え、知識に貪欲になれるはずです。独学で知識を吸収するのは大変な事ですが、それこそ「簡単に知ったつもりにならない」分、あなたのほうが知識を深く自分のものにすることができます。

前になぜあのひとは、「私バカだから…」と言うのか、というブログ記事が話題になりました。私は、他人の評価など考えず「自分は馬鹿だ」と常々口に出せばいいと考えています。そうでもしないとぼく達は、なんでも知っていると勘違いして、調子にのり、学ぶ事をやめてしまいます。脳の仕組みに騙されずに「自分には知らない事だらけだ」と常に考えるべきです。


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かなりの割合の大人が、時代に、忙しさに流され、学ぶことを人生の途中でやめてしまいます。大学を出て、仕事が落ち着いたら学びの期間は終わりだ、と疑いもせず過ごしている人々がいます。学びの境目が曖昧だったあなたなら、その心配は無いのではないかと私は思っています。

この記事をきっかけに、誰かの前でソクラテスの話をした時、相手に「おまえは本当の哲学を知らない」と他の哲学者の名前を出されるかもしれません。哲学好きはバンドの追っかけに少し似ています。好き嫌いです。そのときこそ胸をはって「ぼくは哲学を知らない。だからその哲学者をもう少し教えてくれ」と言えばいいのです。

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