ピボットリタイアという考え方

表題の「ピボットリタイア」というのは全くこの世に存在しない、今私が生み出した造語だし意味も通らない言葉である。ピボットとは「転換点」という意味である。

そもそもリタイア、または隠居とはどういう状態を指すだろう。仕事から退き悠々自適に暮らすこと。これが一般的な解釈だろうか。仕事から退き、というのは生活の糧のために労働をしない、ということだろう。一方で悠々自適という言葉の意味はなんだろうか。ウェブの辞書によると

「俗事に煩わされることなく自分の好きなように安らかに暮らすことなどを意味する表現」

とある。

リタイアとはようするに

①金を稼ぐために積極的に労働をしない(しなくても良い資産状況)

②好きな事を毎日する

状態である。

リタイア者は基本的に金と寿命が許す限り好きなことをする状態を目指す。年齢や体力を理由にリタイアした場合を除くとして。

文字面を見て、そんなの当たり前だろう。と思う方が多いと思う。しかし現実的に「永遠に好きなことをする」を理解していない場合が多い。 例えば私のように30代でリタイアすれば、加齢により健康を害したとしてもおおよそ40年以上「好きなこと」をするわけだし、50代でリタイアしたとしても20年以上「好きなこと」をするわけである。

旅行や手習い、テレビやその他のエンタテイメントでも多くの時間を費やす事ができる。40年が一度に訪れるわけではない。それでも長期的な「好きなこと」が必要になってくる。

そうなってくるとリタイア者は有り余る時間を使って大きなプロジェクトを立ち上げ、実行するようになるのが一般的だ。ライフワーク、という言葉をこの活動に当てる場合も多い。

ここで表題に戻ってくるわけだ。結局のところ寿命の早い段階で隠居してしまえばしてしまうほど、デカイプロジェクトを立ち上げる事になる。例えば「趣味の喫茶店」「質を追求した田舎のパン屋」「プロ顔負けの菜園と狩猟生活」「海外移住」「社会福祉活動」などである。

結局のところ嫌な仕事をして賃金を得ているわけでは無いが、何かしらの活動を精力的に行う状態に戻るわけだ。これはもはやリタイア者なのか怪しい。ただの一時的な休息と転換点ではないか。これが「ピボットリタイア」と私が名付けた理由である。

リタイアがピボット化する確率はそれまでの活動と資産の出処に完全に比例する。Microsoftを興したビル・ゲイツ氏は社会福祉団体で超精力的に活動しているし、政治家で総理大臣を努めた小泉純一郎氏も引退とは程遠い活動量である。一方で社則により定年退職した人、遺産相続により資産を形成した場合、新規の活動やプロジェクトに対する積極性が低い。

これは良し悪しの話ではなく、単純な傾向の話だ。むしろ自力で資産を形成した人、早期にリタイアし、残り時間が長い人により強く伝えたい。「あなたのリタイアは、きっとピボットになる」 結局のところ、早期リタイアとは「金のためじゃなく好きなものに人生を捧げるための準備期間」に集約されるのだろう。そんな意味を込めてピボットリタイア、という造語を今回は引き合いに出した。

その本質に目を向けると、リタイアするほどの資産や覚悟が無くてもその状態を人生で準備する事はそれほど難しくないことに気づく。 社会人になって1つ目の仕事ですでに「金のためじゃなく好きなものに人生を捧げている」状態の人は多くいるし、社会に出て違和感に気づき素早く人生を転換した人もいるだろう。 ほかにも社会人経験を生かして独立した人にもそういう人はゴロゴロいる。

よって「なんとか早期リタイアしたい!」とリスクを取った行動を行おうとしている人は、その本質を一度考えてみてほしい。本当にそこまで資産を形成しなければ、その状態を得ることができないか。 また、人生の次のロジェクトが見つかっていないなら、そちらから真剣に考えてみる事をおすすめする。

逆に何も考えずリタイアした後にこのような考えに至る事はごく自然だとも言っておこう。

ここから余談だが、定年世代である60代。さらに50代の一部。その中でもそれほど出世し無かった人に多いようなのだが、彼・彼女らの中に人生の新たなプロジェクトを必要としない人が結構な割合いる。多数派かもしれない。私の世代にはちょっと信じられないが、60代以降はテレビを見ているだけで満足した人生を消化するという特殊能力が備わっている人が実際に多数おり、20年以上を多少のアクティビティとテレビで乗り切るつもりの人が結構いる。彼らにとっては老後感とはそのようなもので、今の60代が過去の世代とは比べ物にならないくらい心身共に若いことも、医療発展により寿命が伸びたこともその老後感に反映されていない。

私にはにわかに信じられなかったのだが、親族を始め身近な60代やその周囲、さらにいくつかの老後関連書籍をあたると、そのような行動を取っている60代が多い事に気づき、信じざるを得なかった。

これをもったいないと感じるのは私の勝手な感覚であるが、さらに寿命が伸びる現役世代や、さらに若い世代にはこの老後感が通用しないのは同意していただけるだろう。人生が多様化した今、老後も自分で選ばなければいけない世代なのである。