読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

オカマの恐ろしさを伝えるための文章

僕は十代の頃、自分の人見知りな性格に強い不満を抱いていた。ビジネスの成否の大きなエッセンスの1つが、他人との対話能力だからだ。

しばらく続けていた本屋のアルバイトに飽き、新しい職場を探そうと横になりながらパラパラと求人紙をめくっていた。次は人見知りが治るような会話中心の仕事がいい。単純な接客ではこの弱点は修正できない。もっと会話が多い仕事。そんな事を考えていた。営業職は、どうだろう。

しかし会話中心の仕事は、僕みたいな根暗に見える人間に果たして務まるだろうか、という疑問もあった。実際根暗で見た目も根暗に。そして喋れない。あらかじめ手を打たなければいけない事案だった。せめて見た目だけでも。戦略家の僕は数秒考え、応募前に風呂場で髪の毛を明るく染め上げる事に決めた。金髪に近いくら明るくてもいいかもしれない。10代をあと1年残すのみとなった僕は既にそれくらいには出来る男だった。

髪の色が明るければ明るい程いい。明るい人物に見えるから。

1時間半後には、金髪というよりは白髪に近い謎の若者が出来上がっていた。引きつった顔と茶色いブリーチ溶剤の付いたまだら模様のTシャツ。下半身は濡れないように肌だった。Tシャツからすっと生えた2本のすね毛。真ん中のヤツはなんとか裾で隠れていたが、全身からにじみ出る狂気を隠すまでには至っていなかった。

鏡でその狂気を確認し「エコキュートやリフォームは間違いなくこれじゃ売れない」と0.5秒で判断し、営業職を諦めた。

営業職は諦めたが、なんとか人見知りが治るような仕事をしたいと考え、アルバイト情報誌を最初から見なおした。冊子の終盤に申し訳無さそうに場所を確保した「ナイト」というコーナーにも目を通した。今まで目を通したことが無かったコーナーだった。

例えばポン引きという仕事がある。すけべな中年を話術で誘い、雑居ビルに押し込む仕事。ホストなんてのもあった。僕の顔立ちは自慢じゃないが整っている。母と祖母がそう言っていた。他に賛成票は入っていないが反対票も入っていないので、間違いあるまい。

そうやってナイトページをめくっていると「気楽系ホスト」という謎の打ち出しをするホスト店があった。「ルックスよりトーク重視」というアピールもある。ここならなんとかなるんじゃないか、と考え電話する事にした。

募集に際してルックス不問である事を確認し、自身が白髪に近い金髪であることを告げた。電話口のオーナーを名乗る男はあまり聞いていなかったようだったが、とにかく今晩店に一度来いと言われた。

歓楽街によくある雑居ビルに店はあった。男は1人で、店内はボックスが1つとカウンターの小さな作りだった。男は履歴書も確認せず、あまりもののスーツを僕に着せた。その日から働く事になった。他に従業員であるホストはいないようだった。本屋のアルバイトの事を言ったが男は聞く耳をもたなかった。

初日は酒の作り方、水滴の拭い方、ボトルやラベルの向き、NGワードなど接客の基礎をひととおり教わった

深夜過ぎて、仕事をハネた歓楽街に勤める女性、夜の蝶たちがぽつぽつと店にあらわれ出した。彼女たちにとってホスト店というのは止まり木のようなものらしい。確かにこの店はルックスで売ってないなかった。慣れないながらも少しずつ実地で会話の勉強をした。お気楽ホスト店に色恋沙汰は残念ながら無かった。

僕にも一応源氏名が付いた。「一護」だった。ブリーチのしすぎが由来だと後で知った。

ーー

ある日、店を開店した直後に男だけの3人組が客として訪れた。

ホスト店に男の客が来るのはそう珍しくはない。女の客が支払いをあてにして男客を連れてくる事はよくあった。オカマバーのママも良く顔を出す。

僕はオカマが嫌いだった。あるオカマは僕に、ゴツゴツした乳を強制的に触らせ、満足すると「お返ししなさいよ!」というのと同時に僕の下腹部を鷲掴みにしてくる。毎回。持ちネタなのか何なのか知らないが、凄く嫌だった。だからオカマは嫌いだった。大嫌いだった。

その3人組には、オーナーである男が自から接客をした。彼の地元の先輩や付き合いのある相手なのかも知れない、と考えていたら5分ほどして僕が呼ばれた。オーナーは他の客を迎えるため一時外出する必要があり、30分ほど彼らの接客をしろという事だった。失礼が無いように、とだけ言い残し足早に出て行く。店に僕とその3人だけが残った。

ボックス席に座った3人が、3人共に角刈りだった。角刈り3vsブリーチ1。真ん中の男だけ固太りで少しガタイが良く見えた。脇の2人のが金色の貴金属をチャラチャラ言わせながら、真ん中の男を「オジキ」と呼ぶのが耳障りだった。ただ、オカマを除いて男の客は総じて、僕のような拙い接客をする従業員に気を使ってくれる人が多い。1人でも30分くらいならなんとかなるかもしれないと少し考えることができた。

拙い接客をしていると、彼らは地元の小さな規模のヤクザで、この店のお守をしているという事らしかった。みかじめというやつだ。それで失礼がないように、というオーナーの言葉を理解した。

僕は当り障りのない接客を続けた。

しばらくして酔いが回ってきたのか、真ん中の男は僕の事をやたらと、若くていい、ピチピチだ、と繰り返し始めた。僕は対面のスツールに座っていたが、そのうち横に座らすように促された。適当にあしらっていたが何度も繰り返すので、僕はようやくそのオジキと呼ばれる男がホモだと気づいた。

僕はこの仕事が始まるまで、オカマやオネエと仲良くなれるかもしれないと思っていた。テレビで見る限り彼らは陽気な人が多い。しかし、実際のそういった人と接する事が増えるにつれ、そのセクシャルな欲求に辟易していった。

そんな事を考えながら僕は小さく息を吐き、下から少し睨み上げるように、メンチ切り気味に

「ボックス席に従業員が座る事はオーナーから禁止されています」

と強い口調で嘘をついた。オジキは感動したような顔を左右に軽く振りながら

「ウンンッ♪ 上目遣いカワイイヤンケワレ!!」

と聞きなれない言語を使った。

まだトークでそういう場を切り抜ける能力が無かった僕は、ここからどうすべきか判断ができなかった。というより置かれている状況に少なからず衝撃を受け、目を見開き口をぱくぱくさせていた。そうしているとオジキは左右の角刈りに目配せをした。ゆっくりと左右の男たちは立ち上がる。角刈りの2人はカバディのように中腰になり両腕をゆったりと開き、僕を包囲しようとにじり寄ってきた。

僕は命と操の危険を感じ、とっさにカバディをかいくぐった。逃げるにはボックス席の横を駆け抜ける必要があった。走り抜ける僕の尻をオジキがもみしだく。なんとか振りほどいて駆け抜ける。

「プリップリやで!!」

僕は後ろで聞こえるその獣じみた雄叫びに吐きそうになりながらも一目散にトイレに駆け込んだ。カバディ勢はそのドアを無理やりこじ開けようとする。嗚咽を漏らしながら「勘弁してください」と連呼する僕。足をつっぱりドアノブを押さえつけるのに必死だった。

ドアを一枚隔ててカバディの

「ハヨアケヤ アホンダラ!」「オジキ ホシガッテンネン!!」

オジキの興奮しきった声が続く

「ナンボやったらエエねや!金額言うてみろやボン(坊や)! ナンボヤネン! ボン!!」

その1cmに満たない合板の向こうは地獄に違いなかった。

5分ほどそうして格闘していた頃、トイレの外で店のドアがギギッと開く。女客のヒッという小さな悲鳴。続いてオーナーの声が聞こえた。

「またスか! 勘弁してくださいよ!!」

そこでようやく開放され、僕の操はなんとか守られた。人間は死を直前にすると何か解決できる方法が無いかと、無意識に記憶を辿る。そう。その日初めて僕は走馬灯を見た。

これは後で客から聞いた話だが、僕の前に1人、ホスト見習いがオジキのエジキになったらしい。だからこの店に他に従業員がいなかったわけだ。というかオーナーは僕を生贄にしようとしたとしか思えない。

結論:オカマはあなたが想像するより怖い。オカマでヤクザはもっと怖い。

ツイッターやってます↓