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「自分は頭が悪い」と認知した後に人にはどんな対策があるか

ふと目に留めた他ブログのエントリがあった。

一読いただきたい。辛辣な言葉が多いブログなので読む人を選ぶかもしれない。私が目に留めた部分の内容はこうだ。

  • 世の中の9割は頭が悪い
  • 研究によると知能が低い人は保守的だ
  • よって頭が悪い人々は迫り来る不利益を回避できずにその場に留まってしまう

さもありなん。ま、真偽はともかくこのエントリではタイトル通り「頭が悪い自分との向き合い方」を書いていこうと思う。

【目次】

自分の頭が悪い事を自覚できればなんとか対策できる

知能指数診断や、小・中・高と学生生活の各種試験などの絶対値や、周囲との相対的な比較。みなさんも人生のどこかのタイミングで「あ、私は人より頭が悪いのだな」と気づいたと思う。すべての人は天才として生まれ、やがてどこかのタイミングで自分がアホである事に気づく。私もそうだ。私は中学二年生の頃になんとなく、自分がアホの側だと理解した。絶望のはじまりである。

成人したのちもネットのIQテストなどをかるーくやってみる。するととても信じられないような低い数値が出る。この手のテストの信頼性は不確かなものらしい。私の場合、それにしても80を越えたことがないので、私がすくなくとも頭が良くない部類であることは確かだろう。

とはいえ、頭が悪いと自分で認知できているのは大きな収穫である。観測ができれば対応ができる。

それでは人並みの人生を送れるよう、頭が悪いことで様々な不利益を被らないよう、足りない頭を何で補なえばいいか、考えていこう。

自分で判断しない・他者をパクる

アホは本を読まねばならない。大量に読まねばならない。

自身の判断力、推察能力、情報の関連付け、記憶。どれも信頼を置くに足りない。馬鹿が自分でものごとを判断することは人生に大いなる危機をもたらす。

よって頭が良い人達が文章なり口頭で述べる「これが正解とされています」という情報を大量に集め、それを完コピする必要がある。

口頭より文章で収集することを薦めるのは、自分がアホなので情報の咀嚼に時間がかかるからだ。文章なら自分のペースで消化できる。

集めた情報は正しく整理または取り出しやすくしておくことがベスト。しかし、大量に情報を集めるだけでもある程度効果が期待できる。整理されていない情報は、無意識化に残滓のように折り重なり、そののちの人生の個々の判断で確実に効いてくる。

頭が悪くても正解を大量に知っておけば、普通の人並かそれ以上に上手くやっていくことができる。

頭の悪い自分の判断を信用するな。頭が良い先人たちの判断を信用しろ。

サビ残・持ち帰りする

知能の高い人が作ったものと、アホが作ったものの差は天と地の開きがある。どうにかギャップを埋めなければいけない。

時間だ。頭が良い人の倍時間をかければ「普通」くらいの成果物が出来上がる。

反復だ。頭が良い人の3倍繰り返せば「普通」くらいの成果物が出来上がる。

ネット界隈で良く「サビ残w持ち帰りww社畜www」みたいな言説を目にするが、アホは真に受けて定時出退社などしてはいけない。スマートな人々がやればこそ時間内に充分な成果が得られるのであって、アホが同じことをするとまったく成果が上がらず、他人からみればタイムカードを日々押しにきているだけのように映る。

あなたは知能が足りない分、親だか神だかに悪態をつきつつ、睡眠や余暇を削って普通の人々以上にその活動に時間をささげなければいけない。

マルチタスクは悪

注意力が散漫なのはアホの大きな特徴の1つだろう。だから自分が頭が悪いと思ったら、仕事や学習をマルチタスク(同時並列作業化)してはならない。できるだけ1つに絞ろう。

同僚がマルチタスクで華麗に作業をこなすのを目にすればあなたは憧れずにはいられない。しかし真似してはいけない。タスクの並列化は高い一時記憶能力と高い処理速度があればこそ成立する。そういった背景をもたないとあなたには、デメリットが知能の優れた人とくらべて3倍にも4倍にもなって降り掛かってくる。

できるだけ作業の数を減らすということは、1作業あたりに費せる時間が増える事も意味するのはわかると思う。そうすれば反復が可能になる。前述のとおり反復は人並みの結果を得ることにつながる。

こなせる事物の種類が減る、というのは大きなデメリットだ。しかしもう人生レベルでこのことを諦めるしか無い。趣味も絞り、仕事も絞り、専門分野もとにかく絞ろう。

そうすればその分野だけであなたを見た時には、他の人からは「普通の人」に見える。

すぐ喋らない。文章にする。沈黙は金

すぐに喋らず熟考しよう。

おなじ理屈で考えは文章にしよう。馬鹿が自分の考えを文章を起こすことは2つのメリットがある。

1つは文章にすれば、リアルタイムの対話より1つの言葉に時間をかけることが出来ること。そうすれば、良い結果が得やすくなる。

私などは食事の席に引きずりだされた日には天気の話と他人のゴシップ話くらいしかする事が出来ないし、多少でもアルコールが入ってしまえば、もううんことちんちんの2語しか言えなくなる頭の悪さである。

しかし、考えを文章に起こし1語に時間をかければ、ほらこのとおり。なんだか高説に聞こえてくるではないか。

直接対話のほうが心が伝わるのはもちろんだ。しかし馬鹿に選択肢は無い。心をこめて天気の話をして何になる。大事な時ほど考えを文章に起こそう。

もう1つのメリット。それは記憶力不足を補うことができる点だ。考えや記憶を文章にして外部にとどめる。外部記憶というとわかりやすい人がいるかもしれない。

頭の悪さの大部分は記憶力の欠如からくる。

大事な事柄のために記憶領域はとっておき、平時化に必要にない情報はできるだけ書き出して忘れてしまおう。

そうすれば普通の人と同じくらいには記憶力があり、知的な振る舞いができる人のように見える。

常識を疑わない

はてなの近藤会長(id:jkondo)はかつてはてなのビジョンについて「既存の、社会の常識を疑って自分たちでルールを決める。そんな会社にしていく」と語っていた。型破りですごく憧れる。1人の起業家像として羨望せざるを得ない。天才の発想である。

しかしアホは常識を疑ってはいけない。

アホは、世が常識とされているものを選択していくべきだ。

常識というものは先人たちが培ってきた「正解」の集大成である。これは「ある時点でのどこかの集団にとっての正解」という注釈を加えるのが正しい。そんな理由からjkondoはふるくさい常識を疑っていくわけだ。

しかし逆説的に常識は「ある程度正解(だった)」なのである。

高度な教育と知識に裏打ちされた起業家ならともかく、平均より劣っている事があらかた判明したあなたは、常識世界から逸脱すべきではない。そんなことをすれば素っ裸の馬鹿な自分だけで、未知の世界に対峙し、根拠のない選択をしなければならない。

最初の項で話したように「アホな自分の選択より、偉人の過去の選択」である。

知識が乏しい世界にあなた直面したら常識や慣習を選択しよう。これは、あなたがスマートな人より大きく消耗している時間を取り戻すのにも役立つ。常識的な選択に時間はほとんどかからない。

こんな考え方はまったく保守的だという知識人の言葉に騙されてはいけない。

知識人は非常識な選択をしたのち、もしそれが上手くいかなければ素早くそれを嗅ぎ取り方向転換できる。しかし、あなたにはそれができない。扇動された馬鹿な人々は、こうやって知識人に梯子を外される。

誰が言ったか世の中は「頭が悪い人々にあわせて」デザインされている。公共施設しかり、交通ルールしかり。アホが生きていけるよう、社会は作られているのである。よって世の中の90%の人々が前衛的な選択をしなければ立ちいかなくなるような事象など人生においてほとんどない。歴史上まれである。

よってアホは「動けない」のではなく「動かない」のが正しい。図らずも論理的に正しい選択をしているのである。


ここまで私が社会をサバイブするための指針を述べてきたわけだが、もちろん誰にでも当てはめられるわけではないだろう。なにしろ頭の悪さにボーダーラインがあるわけではない。

あなたのアホがスペクトラム(分布範囲)的に低い位置であれば、まったく違ったアプローチが必要なことは無論である。他者や公的なサポートを受けよう。アホの中でも高めのところに位置する、自活が可能だろう(と信じたい)私のような人間であれば、これでなんとか社会に紛れ込むことができるだろう。

というわけで諸君の健闘を祈る。

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