読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

選びとった人生と想像力の欠如について

考え方 考え方-人生

面白く感じた増田があったので記事にする。短いので全文引用させてもらう。本意は「はてなブックマークの話題が私にとってうざい」だと思う。

うるっせえ

薄給の中から毎月税金払って
終電間際の電車で帰って
ブスな顔に化粧して
悔しいことも多い仕事にやりがいを見出して
なんとか社会に参加して
毎日を明るく生きてるフリすんのが精一杯なのに
結婚しないと価値がないとか
子供を産まないと価値がないとか
そんな見出しばっか見せられてクソみたいな気分だよ
同人誌読んで寝るわ!!!!!!!!!!!!!
同人誌最高!!!!!!!!!!!!!!!!!
じゃあな!!!!!!!!!!!!!!!!!!

疾走感のある文章で良いなあと思うんだがそれは脇に置いて、増田氏の日々のやるせなさと一般的な日本人の価値観に対するいらだちみたいのに目が惹かれた。誰にでもありそうなことなので、そこについて書いて行こうと思う。

個人攻撃のようになって心苦しいんだけど、増田の社会に対するうっぷんは「あなたが選んだ人生じゃないか」と私は思う。

20代30代のかなりの人々が似たような気持ちを持ち、やるせない気持ちを抱えて働いてると思う。でもそれは自己責任だ。社会のせいでもなければ親のせいでもなく。あんたのせいだ。

そもそもどうして「人生の90%くらいはつまんない」ような状況が生まれるのか。

これは多くの場合が、その人が他人に価値観を委ねた結果だ。自分の快適な状態じゃなく、他人がよしとする事ばかりやる。すると人生がつまんなくなる。

そんなの当たり前だ。

そんなに人生が面白くないんだったら面白いほうに舵を切ればいい。フリーターになってもいいし、デモに参加してもいいし、同人の世界を広げてもいい。でもきっとそんなことはしない。私が思うに、彼らにとってその選択肢は選ぶに値しないのだろう。社会から未評価または低評価の選択だから選択しない。

若いうちから自分はどう生きるかを考えず、大学生になっても自分の将来が決められず、頭だけ大きくなって社会的な価値観で良さそうな選択肢をチョイスしていく。選択を社会に委ねてスキップすると自分の負担が下がるのでその時々はとても楽になる。

その代わり、社会に出たあとに他人の価値観で構築された人生と、自分の心のズレが生じた時に、大きな負担が発生する。増田氏みたいに。

このあと何十年も人生のうち90%が不愉快だとしたら、私だったら死を選んでいるかもしれない。

この手の話題で私がいつも残念な反論は「仕事辞めてどうやって生きるんだ」とか「人生そんな楽なもんじゃない」とか、人生にはなぜか苦しみがつきまとうのが当然かのように話す人々。想像力の欠如としかいいようがない。

いままで自分が苦しみと共に生き、社会がそう言っているから、そうではない選択肢を想像することができないんだろう。

最低賃金でビレッジバンガードでバイトして音楽をする。オンラインゲームに自分の中に自分を構築する。売れない作家。あなたの人生より大きな苦しみが待っていると想像する人は、ほんとうに救いがない。

他人の価値観でよろしくないとされた状況をいくつか上げたが、別に底辺が望ましいといっているわけではない。選択を他人に委ねるな。考えろということだ。サラリーマンでも団体職員でも宇宙飛行士でも、サッカー選手でも、海賊王でもいいからとにかく自分で決めろという話だ。

選びとったのに人生がつまんない人は「選びとったと思っている」だけだ。

表題では「選びとった人生と想像力の欠如について」と書いてあるが、その実は「選び取らないことを続けてきた人生」と「どんな選択肢があるのか、社会通念を越えて勉強してこなかった事」がほんとうの問題だ。

心理学では40歳前後で「中年の危機」と呼ばれる自分の人生を振り返って価値観の大転換が起こることが良くあると知られている。

そこまで選択肢をスキップし続けた結果、苦痛を存分に味わったうえで、人生が立ち行くか怪しくなるような事にならないよう、どうにか時間をやりくりして自分の人生と向き合う時間を増やしたほうが良いと私は思う。

【この記事に関連する記事はこちら】
↓Twitter版「きりんの自由研究」も配信中