リタイア期間が長くなると働きたくなりますか?

Twitterで表題の質問をいただいたのでたまには記事を書いてみる。

また働きたくならないか? 私の30代は働くよりリタイアしている時間のほうが長くなってしまったが、あまりそういう気にならない。 ただし、働きたくなる理由も理解できている。

資産的に安定しているのにリタイア者がまた働きたくなるのはどういう場面か。こんな生活も長くなったのでよりディティールが理解できるようになったので、網羅してみよう。

■「ただのおじさん」でいる事のしんどさ

リタイア後に社会に接すると「ふらふらしているおっさん」を扱い受ける。トヨタの第一営業部の山田さんだった頃はただそこに立っているだけで一定のリスペクトというか尊厳を与えられるけれども、リタイア者はそれが得られない。 唯一現役の山田さんと同等の扱いを受けられるのは、お客さんとなった瞬間のみ。現役の頃と同格のサービスや商品を購入したまさにその瞬間と、買うそぶりを見せた際のみ、あの頃の尊厳が返ってくる。

島田紳助氏のように引退後にも社会からその評価を理解されればかなり緩和されるが、どこぞの部長や社長、はたまた院長クラスだと「ただのおじさん」扱いされる。

■「なにものでもない人」でいることのしんどさ

ただのおじさんになると、物事の判断や価値観を再構築しないといけなくなる。営業部の山田であればライフスタイルや利用するサービスもある程度指針があるけど、ただのおじさんには新たな指針が必要になる。

選択・決断はほとんどの場合、その人の個性ではなく、立場によって下されている。身につけるもの、趣味、ライフスタイル、連絡手段や移動方法にいたるまで。

こういうものの再構築がめんどくさかったり、昔のライフスタイルが忘れられなければ社会復帰したくなるのもわかる。

また、アイデンティの大部分を喪失して、右往左往したあげくとりあえずどんな社会的な肩書でもいいから社会とつながって安心したい、という理由でアルバイトやボランティアを始める場合もある。

■権力(パワー)の喪失

権力が失われるとそれを渇望するのは理解できる。

勘違いされることが多いがお金は権力と大きく性質が異る。お金が権力と化すのは、前述のとおり「お金を使う瞬間と、お金を落とすと見込まれた場合」のみである。パワーとしては全然弱い。 権力は凄い。

部長の決済権や役員の人事権はその影響範囲に持っているだけで効果を発揮し続け、優位な立場に立てる。 社長や医者という肩書は、お金を使わなくても見込み顧客としてパワーを発揮し続け優位な条件でサービスや商品が購入できる。 また生きた人脈を持つものとして、関係者にパワーを発揮できる。 社会的な地位により相手が勝手に萎縮し、忖度される場合すらある。

権力はコストパフォーマンスがめちゃくちゃ良いのだ。なにせ実際にパワーを使わなくても常に効果を発揮しているわけだから。

リタイア者はこういったただそこにいられるだけで得られるパワーから遠のいてしまう。 リタイアしたままパワーを発揮するには、お金を使い続けなければいけない。これはとても効率が悪い。

■孤独と社会性の喪失

リタイアを目指す人、リタイアしている人は孤独に強いが、それでも孤独は彼らにささやき続ける。

脳科学には明るくないが、これは原始脳が常にアラートを発し続けているのだと思う。群れを離れ孤立していることは人間という生物にとって危険であると。 このアラートは現代になったからといってオフにすることはできない。自分の内面としっかり向き合っていないと、これは漠然とした不安となり、社会との接点を渇望し始める。

■資産と継続性に対する不安

蓄財に対する欲求も引き続き脳から発しされ続ける。財産の大小によりこのアラートも大きかったり小さかったりするのだろうが、これが止むことは基本的にない。 何十億の資産があっても、継続性や現実性がいかほどであろうとも「蓄えをせよ」と生存に関わる脳が言ってくる

これも働きたくなる理由となりうる。

繰り返しになるが、私は現役復帰したいとは思わない。理由はここで書かなかった良い影響の部分がまったくもって代えがたいものであるのと こうやって文章に起こす程度には自分と向き合っているからである。

さらに付け加えるなら、リタイア歴が長くなればなるほど、今回挙げた問題点の解決方法が失われいき、社会復帰自体が難しくなるからであるわけだけれども。

また折を見て何か書きます。